mamma-man
sae
2006.8月女児出産35歳

我が子はここでは「ヘグ」。「ヘグー」と泣く時期があったから。

original:「マンマーマン!」とは・・・
片田舎のイタリアのどーーんとでっかいマンマは 子だくさんで たくましくて たくさん大皿料理とか毎日つくって 毎日笑ってだんなさんからチュッみたいな、陽気なマンマなのです。強いマンマになりたい。

Renewal:明るすぎるバツイチ、マンマーマンです。

ニンプブログ ニンプーマン!

初の方でもコメントいただければ大変うれしいです。ぜひぜひ




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すすすごいよーー!
 えーと全くマンマーマンと関係ないエントリーです。
 お友だちが写真で入賞しましたー!キヤノン写真新世紀優秀賞
すごい、すごいよ、おめでとうおめでとう!誰かというと、優秀賞6名のなかの、青山裕企さん。きゃー嬉しいですーとっても嬉しいですー!グランプリは、11月に選出されるそう。ひとまずの優秀賞発表なのですね。
 今日はめちゃめちゃ晴れて太陽ぎんぎらだったので、洗濯機4回回せただけで、かなりハッピーな一日だったのに、今日は良い日だ!今日は良い日だ!!
 思えば2年前、キヤノン写真新世紀に応募しよう!といって、会社を退職してかなりプーだった頃に一緒に作品取りをしました。あ、わたしは撮りません、被写体です。3人の知り合いの役者さんなどと、「とまるとしぬわよ。」という作品を撮りました。やたらめったらジャンプしている写真です。その作品は残念ながら賞などはとりませんでした。
 妊娠を期に、被写体はお休みだね、と言って作品を見るだけになったこの一年半。昨日電車で、「また写真撮って、って言ってみようかなあ」とオットと話していた矢先でした。やー、エラくなるとわたしもエラくならないと気軽に声がかけられない。。ひーん
 実は4月の結婚式のウェルカムポートレート(と名前をつけよう)として家族3人の写真を撮って貰ったのでした。とてもいい写真がたくさんあって、出席いただいた方にも「いいね」とたくさん言ってもらったのでした。それに、遠くからきた友人の旦那様が彼を知っていて、すごく驚いたと同時に嬉しくなったり、そんなこともありました。

 受賞した作品を早くみたいなあ。
どうやら↓
 受賞作品は11月に東京都写真美術館で開催する「写真新世紀東京展2007」にて展示いたしますので、是非ご高覧ください。なお、「写真新世紀東京展2007」の会期中には、2007年度のグランプリを選出する公開審査会が開催される予定です。

とのことなので、11月を楽しみします。
おめでとう!おめでとう!おめでとう!


今までに頂いた写真を、紹介でここに載せます。
 
とまるとしぬわよ。この写真が撮れたとき、2人で大興奮した一枚。




結婚式の前にウェルカムポートレートとして撮って貰った一枚。彼らしいジャンプ写真です。


2年前の“結婚組曲”。跳んでます。

同じく2年前の“結婚組曲”。跳んでます。これは「どうやってるの?」と一番訊かれる写真です。
| letter | 15:43 | comments(2) | trackbacks(0) |
育児と仕事の両立って
 女性と仕事、のテーマで駄文を書くといつもより少し反応を多くもらえると思います。みんなうーん、うーんと思うことがあるんだな、って再確認。
 わたしが出産間際で仕事をやめてからずっと思っていることは仕事って?ってことについて。それで今日は『育児と仕事の両立』のことについていいたいこと。
現代の女性のライフテーマみたいな分野では、育児と仕事の両立、ってもう何年も前から言われてるでしょ。これってそもそも、おかしくない?と思うことです。おかしいよ、どうしてこれが女性のテーマなのさ。子どもは2人の子どもでしょ。生むのは女性。それはいい。だからその間はそれ以外社会的な活動はできない。でも育児は親の仕事。女だけじゃない。「育児と仕事の両立」は、シングルマザー・シングルファザーのテーマなんじゃないの?それに、仕事と“両立”させるもう片方が、なぜいつも「育児」。人はみな、仕事だけしてるんじゃないの、親の介護してるかもしれないし、障害者の家族を介護してるかもしれないし、自分の病気とつきあっているかもしれないし、借金返してるかもしれないし、それらすべて、仕事と両立、もしくは三立?三権分立?四立?してなきゃいけないの。だからね、仕事自体がね、そんなにえらいのか?と。思うのです。他のことも時間を割いてやらなきゃいけないときもあるでしょう。
話がズレ気味。女性が、「育児と仕事の両立」をテーマにし、目標にしてしまうことで、ずいぶん本質が見えなくなるんじゃないでしょうか。
だからやっぱり思う。北欧の制度。ノルウェーから発信スウェーデンも、のパパクオーター制度。長いッスよ。

両親保険-parental insurance- (育児休暇制度)
両親保険は、1974年に導入された育児休暇期間中の収入補填制度であり、両親が取得できるという点で世界初の試みだった。育児休暇の取得を男性にも義務づけ、育児参画を促進し、女性の家庭内労働の負担及び機会費用の負担軽減に寄与するという点が特徴である。
基本的な財源は、税金と住民登録のある全ての国民が16歳から掛ける「両親保険」で、子どもが生まれると国籍や就労に関係なく、180日以上社会保険事務所に登録している者は、誰でも何らかの手当てを受けることが可能。手当は、妊娠手当、一時介護両親手当、父親の出生休暇手当、こどもの出生を理由とする両親手当などがある。(中略)
また、「父親の出生休暇手当」は、父親に立会い出産や、家事、他の兄弟のための出産を挟んだ10日分の休暇と手当て保障されている。実際に70〜80%の父親が、この休暇を利用している。
「こどもの出生を理由とする両親手当」では、子どもが生まれると2人で合計して480日間、手当てを受け取ることができる。この手当を受けている期間中は、育児休暇を取る権利が認められている。
480日のうち、390日間は休暇を取った方の給与の80%の額が支給され、90日間は1日60クローナ(最低保証額)が支払われる。この390日のうち、195日ずつは、母親と父親のそれぞれが休暇を取る権利があるが、配偶者に譲れないパパクォーター・ママクォーターはそれぞれ60日ずつ、どちらかに譲り合える分はそれぞれ135日ずつある。また、この「パパクォーター・ママクォーター」の部分は、権利のある方が休まない限り手当は受けられず、権利の放棄となる。
育児休暇は、出産10日前から8歳の誕生日までに親の事情に合わせて、出勤時間の全日、3/4日、1/2日、1/4日と取得することも可能で、連続してとらなくてもよい等、柔軟な制度となっている。
このように、幾重にも休業を保障することで、親は収入や地位の降格、解雇への不安を抱くことなく、休みを取ることができるのである。<株式会社ワーク・ライフバランス 世界の子育て支援より>

女性の家庭内労働の負担及び機会費用の負担軽減に寄与するという点が特徴 うんうん、いいね。
全部読めなかった人にかんたんに言うと、
●ちゃんと保険を払っていれば、子どもが生まれたら、両親で480日、つまり1年と165日、つまり1年と5か月2週間くらいの休業がとれる
●その間の1年強は、前の給料の80%が支給。手取り25万だった人は、仕事してないのに月に20万もらえる。すげ!
●390日中、片方に権利を全部を押しつけることはできない。休業の権利を行使しなかったら、その権利は放棄。つまり休業しなかったらソンってこと。
これならみんな後ろめたさなしで休めるよね。いいシステム。同僚に後ろ指指されないね。
※※そのかわり、税金は日本と比べてもかなり高いです!!それでもわたしはこっちの社会の方がいいぜ。

女子が、仕事、どうしよう、って思う時って、「あーこんな仕事したいな、でも結婚して子ども生んだら途中で途切れるでしょ、それに子どもは1人じゃないかもしれないでしょ、もし2人だったら4,5年、3人だったら10年弱、がりがり仕事できないわけだ。。。そしたらあたし、育児が落ち着いた頃、仕事あるんだろうか、はぁ〜〜」っていう感じだと思う。親業が天職!って女子にはいいけど、仕事が好きなひと、ワーカホリックな女子には悩めるモンダイだ。だから、男性も同じように休まなきゃいけない期間があるとさ、みーんな平等じゃない?
育児と仕事の両立、ってのは大人になって子どもを持った人全てのテーマなのです。

こういうことを考えてるとさ、女は損だ〜、とか、不利だ〜、とか卑屈なかんじになりがちなので、そこまでいっちゃったときは思考を止めるようにします。少なからず、今の日本は男子と違って仕事を途中で休める女子っていいかも。。って思ったときもあったから(ん?そこがそもそもおかしいのだ)。私がこんなこと考えるのは、どうしたら今のうまくいかない感じを解消して自分の責任でよりよく豊かに生活できるのか、いつも本質を考えていたい(選挙候補者みたい)、そしたら困ったときや迷ったときに、世間の当たり前や周りの言うことに惑わされないように思うからです。納得したいの。
| letter | 12:04 | comments(5) | trackbacks(0) |
闇金ウシジマくん
闇金ウシジマくん 1 (1) (ビッグコミックス)
『闇金ウシジマくん』7巻を午前中買い物ついでに購入し読み終わる。夫とへぐの昼ご飯のうどんをゆでて、タイマーを無意識に消してまた読んでいたほど夢中でした。これ、ワンピース並に巻数があったら今月破綻しちゃったかも!
 とっても面白い。どんな話かというと・・・
現状と身分をわきまえられない現代人たちが、お金を工面しに闇金業者の丑島くんの周辺に生息する。パチンコ依存の主婦、見栄っ張りのOL、かっこつけのイベント男、風俗嬢、風俗にはまりこんだ男達、社会的に弱い立場のゲイなどもちょこちょこ登場。カードローン、さらに消費者金融からも金を借りられなくなった多重債務者に、丑島は言う。“同情に値するヤツは1人もいない”。
登場する人々は転げるように転落し、丑島は無情に取り立てる。カモにする。文字通り体を張って貸し金業。丑島は強い。“頭に向かって金属バットをフルスウィング”できるから、ではなく、人の欲と煩悩まみれた結果の底辺を冷静に見つめ、そしてまた歩くだけだから。
ハートマークにカワイイアイドル、さわやかで明るいミュージックにのって、消費者金融のCMはお茶の間の時間帯にまで漂ってきた(数年前までは23時以降しか流れていなかったのに)。その表面の裏側を想像できない人たちは「読むと鬱になる」と、このマンガをして口にするのでしょう。その無知さ、恐ろしい。そしてあさはか。。最後に引用。
闇金業者も、この世間の一部である。弱肉強食、というよりは食物連鎖に近い。勧善懲悪の単純な価値観では割り切れない、人間の複雑な部分を「斬る」作品である。
悪いのは、闇金なのか、お客なのか、社会そのものなのか。簡単には割り切れない現実の一部を、マンガという形で切り取ってみせた秀作。
amazonレビューより
という感じのお話です。まーこんな説教くさくはないけどね。ちゃんとハラハラさせてくれます。

それでここに出てくる人たちは、いるよなーこういう人、っとクスリとしてしまう台詞がちょこちょこ出てくるのね。それが好きです。どーゆー立ち位置から人にキレイゴト語ってるんだよ?とか、あーあー出た出た、キメツケ発言。とか、現状見ずに自分がイケてると思ってるし、とか。イタイやつね。もうほんとうにね、こういう人いたなー、みたいな人と同じ発言をするから面白くて。
でも、描写がセンセーショナル(グロい)ですので、あまりそういうのを受け付けない方は、控えて下さい。わたしは慣れたので大丈夫。古谷実好きだもの。
子育て中の主婦にはマンガはいい娯楽かもね。すぐ中断できるし、家にいながら楽しめるし、別世界にいけるし、なにより安いしね(レンタルすればいいのよ)。最近活字が読めなくて・・・(金原ひとみの小説は面白かったよ!)
とりあえず夫の本棚を次々と読みあさり中のマンマーマンです。

既読:
『万祝』最高に面白かった。これの感想も書きます
『最終兵器彼女』面白かった、けどヘンなまんがー。一気読みした

未読:
いっぱい
『ワンピース』がどうしても読みすすめられない
| letter | 13:51 | comments(0) | trackbacks(1) |
ネグレクト


ネグレクト―育児放棄-真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)
2000年12月10日愛知県名古屋市近郊のベッドタウンで3歳の女の子が20日近くも段ボールの中に入れられたままほとんど食事も与えられずにミイラのような状態で亡くなった事件のルポタージュ


おともだちMほちゃんが教えてくれた、大変に興味深い本だった。(まじ長いです↓。)

子どもを産んで育てる、ということは、やってみる前の想像の域を高く超えていろいろなことが起こり、次々と対処すべき問題がやってきて、文字通り必死。思い出すひまもないくらいの濃い日々。でも初めて、幸せだと感じながら生活することを知った日々でもあった。わたしは、恵まれていた。そう痛切に感じる。

本書に登場する夫婦は、二人ともわたしの一つ下で同世代。18で子を持った。父親は新卒就職したばかりで「男は仕事、女は家事育児」だと信じて疑わず仕事に集中する。そのタイミングにほぼ二人だけで子育てを始めることの限界がある。仕事を覚え始めの3年に毎日の子どもの夜泣きはきつい。かわいいと思えなくなった。そして脳に傷を負わせた。あとは終始ゲーム。母親は家事育児に疲れ果て、親とも悪関係、協力が適切に求められない。コミュニケーション力も乏しく社会福祉の手からもこぼれおちた。社宅マンションの一室は、若い家族の孤島になった。

私には、、、(自慢ではないですヨ。)
●今住んでいる子育てにやさしい町
●わたしだけが子育てをするのはズルイ、と言う夫
●良好なコミュニケーションがとれる双方の両親や兄弟
●愚痴を聞いてくれ他愛ないおしゃべりができる近いともだち
●幼い頃、父母祖父母にたくさんたくさん手をかけられた経験
●多くないが子育てを準備出来る分くらいのお金
●くだらいことをかけるブログ、インターネット
、、、が、あった。このすべてがあって、今、子どもをかわいいと思いながら生きられる生活を送っている。私に子育ての能力があったのではない。一見あたりまえのようなことに、自分が恵まれていただけだった、と痛切に感じる。

この両親は、上のひとつももっていなかった。そして極めて未熟だった。未熟でも生まれた子どもを育てなければいけない。「虐待は『世代の連鎖』だ」と、事件が起こった2000年当時はよく言われていた。それでわかったような気になってはいけないと、大学で聴いた。そこに真実も解決もないから。

ネグレクト。育児放棄。
はりつめた糸が切れてしまったとき、いつわたしも危ないだろう?一日に10分のネグレクト。それは、日常茶飯事。疲れていて、おむつが濡れてるのが分かっていても、まだいいか・・・これだって立派なネグレクトの始まりかもしれない。身につまされるのだ。
孤独な子育てをしていた母親の糸がいつしか切れ、多額のローン、収入に合わない買い物で借金まみれになり、どんどん転がり落ちて行く様子は、本当に恐ろしかった。逮捕時の家の中はゴミ屋敷同然だった。
最も悲しくいたたまれないのは。両親の暴力がひどくなり、お仕置きで三畳間に閉じこめられた、亡くなった子ども、真奈ちゃんが、ついにふすまをあけても、出てこなくなった時だ。真奈ちゃんは、狭いスペースで座ったり、寝ころんだりして過ごすようになった。段ボールに入れられるのは、まもなくだった。彼女はこのとき、もう生きたいという力を、無くしてしまったんじゃないだろうか。泣けてくる。

事件を聞き、本書を読んで、「理解できない」「同情できない」「信じられない」という声があるだろう。一方、「自分にも起こりうるかもしれない」「人ごとではない」という声もある。子育てをしている人に多いのではないか。子育てに「参加」、でも、「協力」、でもなく、子育てをしている人やしたことがある人。
もしくは、したことがなくても、犯罪に踏み込んでしまう、人間の危険を意識したことがある人。
わたしは、理解できない!と断言することが、できない。

ダウンタウンのまっちゃんが言っていた。「シラフの状態で『もう飲酒運転はしません!』と謝罪したところでどう信じられるのか、言うならベロンベロンの泥酔状態のときに同じことを言え。」と。それと同じことではないか。そこまでせずにいられなかった人の、状況と精神状態がどんなものだったか、ふつうの状況の人が、わかりきった常識的な糾弾をすることに、意味があるだろうか。精神状態の混乱を持てば、何をしてもいい、という訳ではなく。
 
いつもいつも、この手の事件は痛くなる。
「どうして?」。どうしてそんなことにまでなってしまったのだろう。鬼親(子)、冷血、ありえない、等々、そんな言葉は意味がない。糾弾すべきわかりやすい相手を決めつけ、たたき上げるだけで終わるのも意味がない。
真相は?ほんとうのことは?かんたんにはわからないけれど、そこを考えたいと思う。本書は、ほんとうのことを追求すべく動いた筆者の情熱があり、読み進めずにいられない。でもやっぱりわたしはわからない・・・なぜ、両親はこんなにも、自分の事件に無頓着なのか。

だれかにいとおしく、慈しまれた経験のない人は、他者をいとおしく感じ育むことを難しく感じるのか。私的領域でそういったニーズの充足が破綻してきている社会なのだとしたら、私的領域を規定する関係性に捉われることなく、お互いを慈しみ育む場を育てるしかないのかな、などと、考える。だとしたら、これは社会の仕事だ。(mixiのある人のレビューより

助けて欲しいと声を上げる力がない人を、助けられないのが「法」だとしたら、お節介ばばあになってどしどし踏み込んで強引に助けるのが社会か。税金払って機能するものだけが「社会」じゃない、となりの住人も、通りがけに見かけた人も、社会。だったらわたしは、お節介ばばあになりたい。社会の中にいたい。お節介されて、お節介して、誰かを助けて、誰かに助けられたい。と、強く感じた。



出版社 / 著者からの内容紹介
第11回小学館ノンフィクション賞受賞作
ネグレクト【neglect】育児放棄。子供に食事を満足に与えなかったり、病気やけがを放置したり、長期間入浴させないなど保護者としての責任を放棄する行為で、児童虐待の中でも近年急増している。2000年12月10日、愛知県名古屋市近郊のベッドタウンで、3歳になったばかりの女の子が20日近くも段ボールの中に入れられたまま、ほとんど食事も与えられずにミイラのような状態で亡くなった。両親はともに21歳、十代で親になった茶髪の夫婦だった。なぜ、両親は女の子を死に至らしめたのか、女の子はなぜ救い出されなかったのか。3年半を超える取材を通じてその深層に迫った衝撃の事件ルポルタージュ。




JUGEMテーマ:読んでおきたい本
| letter | 13:56 | comments(7) | trackbacks(1) |
YUZO今井
本日も今井ゆうぞうさんについてです。
「はなまるマーケット」に出演されていた。ゆうぞうさんが大人に
囲まれているのは不思議だ。服も白シャツと普通なのに
いつも赤いセーターや黄色のパーカーなどを目にしていたので
なんだかなまめかしい。

大人を相手にトークをするということが、ゆうぞうさんには
久しぶりだったのか(そんなことはきっとないだけど)こちらまで
もどかしさがびしびしと伝わってきた。

ゆうぞうさんは何度か「ゴー!ゴー!」というか「ガウガウ!!」
といって手を挙げたので、一番はじめにわたしが感じたギョッと
した感じを、薬丸と岡江久美子が感じていたのがわかった。
それを見てしまったら、後々クセになるよ。。

「ゆうぞうおにいさん」、ではなくこれからは「ゆうぞうさん」と
呼ばなくてはいけないような気がする。
わたしはどうしてしまったのだろう?とここ一月くらい思っています。
アルバムは買わないと思うけど、発売記念イベントにイクスピアリに
行ってもいいかな、と思っています。
夫もいつしか苦笑いです。

今日からブログがスタートしたようです。
今井ゆうぞうOFFICIAL BLOG W.A.L.K



| letter | 15:17 | comments(2) | trackbacks(2) |
木の家 窓の家




窓の家





木の家


無印良品 木の家 窓の家です。
窓の家の外観が、ほんとにいい。ああ、こんな家いいなあ。と夢を見てる時間が楽しいのです。この家に住んだら、家から一歩も出なくても別にいいやと思えます。
最近はほんとに家の中にいる時間が増えました。こんなに毎日家の中にいるのは生まれて初めてじゃないか。生まれてすぐに祖母や保育園に長時間預けられていたのですわたし。


中はこんなかんじ。木の家








| letter | 14:58 | comments(5) | - |
くぼたのうけん 久保田カヨ子の0歳児の子育て7か条4/19放送分



クレヨナ64色削り器付で、毎日テレビも見ずにぬりぬり。へぐはピンクばっかり使うけれど削ればまたとんがるの。


今週も栃木へ来ています。夫妹ゆかちゃん(3ヶ月ママ)から、東大に行かせた育児法というのをきいたので、早速メモメモ!エチカの鏡でとりあげられていたようです。


久保田カヨ子(お子さま東大×2)が実体験から研究した子育て7か条+2


�オムツ交換の時は話しかける。

�いないいないばあは5回以上飽きるまで行なう。→期待させて待たせるのがよい。

�子供服はカラフルなものを着せる。→色彩感覚を養う。

�おんぶをする。平衡感覚が鍛えられる。→早く歩行する。

�幼児語は使わない。普通の言葉をあとで覚えるのは二度手間。

道具(箸や鉛筆など)はいきなり持たせず、まずは正しく使っているのを何度も見せる

使い方を何度も見せて子のミラーニューロンに学習させてから与える。後ろから抱いて使い方を見せること。向かい合って見せると、左右逆にインプットされてしまう。

�どっちが好き?と質問をする。決断力をつける。→人生は決断と選択の連続だ

-------ここから+2-------

�10から0までカウントダウンする。”0”が大事。

�こどもとの約束は守る。



�の二人羽織り方式ですが、右手を使うことがそんなに重要なのだろうか?疑問が残ります。重要なのは、まねをしやすい、ということなのかな。右手、というよりは。

�カラフルな服、とのことなので、もうわたしの好みで服を選ぶことはやめます。ださくても自分で選んだ服を着るのが大事よね。

ということで、�のカウントダウンと、�の約束を守る、を今から意識しようと思います。


東大を目指すことで、東大に届かないけどそこそこのとこに行けたらラッキーなのよ。”星に手を伸ばして星がつかめなくても、泥をつかまされることはないのです。”ですよ。

いや、自分の力で、工夫しながら生きていけるようになることが大事なのよ!そういう意味で、あたまはいい方がいい。学歴の頭の良さじゃなくて。

子育てには世代ギャップがあるというけれど、70歳以上の子育ての先輩の教えが今取りざたされているのは、ここは変わらない芯の部分なんでしょう。

『人間味のある、子育て。』これが、わたしとマブダチNおちゃんとの、一致意見。

 





●追加● くぼたのうけん 久保田カヨ子の0歳児からの子育て追記です。
5/31放映『エチカの鏡』より
久保田さんは20年以上前、お子2人を東大に入れ、その育児法が近所で評判を呼び、たちまち家が保育所になったらしいです。そしてその教室の子を、京大、早稲田、慶応、と進学させ、「けったいな大学にいった子どもは1人もおらん!」と申してました。け、けったいな大学って・・・この口のわるさもなかなかいいんですよネ。あたたかいです。
で、以下、7か条の他にもまだまだある、0歳児からできる子育て、追記メモです。久保田さんによると、まだまだまだまだきりなくあるそうです。

●ママがストップ、といったらその場ですべての動きをやめる。「ストップ&ゴー」を身につける
→積極的に行動を止める脳を訓練しないと危険への対処が上手く出来なくなる。良い悪いのメリハリを付けるというのが前頭葉を鍛える(どうやら前頭連合野が重要らしいです)

●ガラガラはゆっくり使う
 赤ちゃんは遠視なのでガラガラを振る速さに目の焦点が合わないため、遠くからガラガラを目の近くに寄せ視点がガラガラに止まったところで静かにゆっくり動かす、一点に目を集中させる。

●ストロー飲みを覚えさせる
→舌や唇の動きが良くなり呼吸法や発音・発声の上達につながる

●話す時は視線を合わせ、言葉と表情で伝える
→子供は母親の意図を言葉と表情から読み取ることができる

●できるだけ多くのにおいを嗅がせる
→においの感覚は感情の変化を伴いやすく、記憶が脳に残りやすくなる。
くさいものでもかがす。純粋培養はいけない。

●紙、新聞紙をたくさんちぎらせる→紙は縦に切れるけど横には切れない、という法則を手先で発見する、手先の器用さが脳の前頭連合野に効く。将来道具を使うときに器用さが変わってくる。

●テレビはどんどん見せた方がいい→たくさんの教材の宝庫。子供が強い関心を示した場面を何度も見せ体を動かして真似をさせる。動きを真似する働きを持った脳細胞(ミラーニューロン)が活発に働かせることができ、学習能力が高まる。ただし見せっぱなしはダメ、1時間見せたら15分休ませる。同じものばかり見せない。


くぼたのうけん教室で行っていたこと↓
●数人で手を繋ぎ輪になり輪を小さくしながら声を小さく、輪を大きく拡げながら声を大きくする遊びをする→空間の感覚をつかむ

●大きさと色の違うボールを与え、色別、大きさ別に区別させる→色と大きさの認識をつかむ


その他
●タオルなど洗濯物などをたたむときは必ず三つ折にする→全体のおよそ3分の1という感覚を養う。全体像をつかみ、”およそ”という感覚をつけることが大事。木を見て森を見ず、ということにならないようにということですよ!

●家の中の時計をすべてアナログにする。毎日の習慣、食事やおふろなどの決まったことと、その時間の時計の針の形を覚えさせ、理解させる(たとえばおやつはL字の3時、お風呂は8時、など)→身の回りの出来事を時計を関連づけることで記憶力と理解力が増す。


-----また、くぼたのうけん教室に通うママからの質問↓
●いけないことしたらどうやってしかればいいのですか?
「本気で怒ってください。世の中にはやってはいけないことがあることを教えなさい。あなたたちも一緒に勉強するんですよ、いいですか!」

●集中力をつけさせるためにはどうしたらいいですか?
より楽しいも目標を設定し、時間を区切って前のことを終わらせる。タイムリミットを設けて目の前のやるべきことをさせる(たとえば、積み木遊びをしていたら、「お外いこう!」と子どものより強くやりたいことを提示し、「じゃあ時計の長い針が”6”に行く前に全部かたづけよう!」といって早く目の前の仕事を終わらせる訓練をさせる)
「時間に制限があることが人間を集中させる。どうやって早く片付けようか、頭と身体を使って工夫するようになる。ものごとを考えるようになる。」


| letter | 12:06 | comments(2) | - |
ねじまき
 そうそうわたしがどうして村上春樹を読んでいることをわざわざアップしたのかというと、「ママも小説を読みたい!」的なことがいいたかったんではなかったんですね、この『ねじまき鳥クロニクル』には、”出産体験”が記してあったからなのです。 読んだ人は?かもしれませんが、出産としての具体的な説明としての描写は出てこないのですが、綿谷ノボルという人物が、加納クレタという人物にしたある行為、それが、わたしにとっての出産でした。 出産の、あの体験は何だったんだろう?ということを、あの日から感じています。隣に毎日へぐがいる、そのことと、あの体験とを、どのように捉えていいのかわからないのです。 わたしは自分の力のかぎりを尽くして、自分のこの体験を記したつもりでした。まあ伏せたところは2点3点ありますが、これ以上は書けない、これ以上近い表現ができない、というところまで記しました。でも春樹にはかなわなかった。もっと近かった、感覚的なところで、出産体験を知っているのです。むろん村上春樹は出産体験をしていません。確実です。けれど知っているんです。すげ。そう思いませんか。物語にでてくる、その行為は、わけのわからない作業によって加納クレタの体がものすごく変になってしまい、その後、何かしら精神と身体の変革があったように描写されています。意味が分からないうえに生々しくおぞましい描写です。で、「で結局、何したの?」というところは謎のままです。謎は謎のままなのです。”何か強いパワーをもって。”そのようにしか説明がされていません。 わたしの出産はどうだったのか?勝手に自分からなにかのパワーが炸裂し、肉体の生死の境のような場所で、意識と無意識の海の中でもがきまくるような、あれはいったい?痛すぎた、という単純なインパクトももちろんありますが、あの体験は一体なんだったのか、と、あれからずっと困惑していました。混乱していました。産むまで、私なりに捉えていたわたしの世界はぐわんと揺らぎました。あの体験が緩和されずに(少なくとも日本では一般的に)許されているこの世界はなに?それなのに!あの行為は、今日も世界中でゴマンと行われ続けているのです。そしてみな、その行為の果てに、ベビーカーを押して町の景色に溶け込んで涼しげに歩いているのです。一体どーーーういうこと???さらに行為の最中に出産の素人が立ち会うのが普通になってますけど?!なに、そっちが普通?そんなにこの世界って野蛮で原始的だったけ?そしてそれは平和の象徴のようになってますけど?! 謎は謎のまま。春樹の『ねじ〜』にてそのようなことを思いました。わからないことはそのままに、説明なしに、今のこの世界を、どうにか自分と繋げてみようか。と思えるようになりました。出産体験をしてから約3年、二人めは欲しいと思っていたけど、はじめて、また妊娠して出産をしてみたいな、と思うようになりました。この小説のおかげかは知らないけど。 でもあれですよ、小説の中では、この行為はとても汚れたものとして扱われています。私は自分がシンクロを感じた表現が、そのような描かれ方をされていても、それでもかまわないと思いました。
そんなわけで、マンマーマンで村上春樹をとりあげてみました。 だらだらと死ぬまで村上春樹を読み続けたい、”だらだらと”。けれどやっぱり小説に出てくる性愛的な描写はわたしをうんざりさせます。そういうの、ほんと読みたくないんだよねー。だから石田衣良とか読みにくいんだよね。 村上春樹の読むものがなくなって、新刊を待つようになって、さらに時が経ち、村上さんが老いによって亡くなられたら、私は、何を読めばいいんだろう?




| letter | 23:52 | comments(3) | - |