mamma-man
sae
2006.8月女児出産35歳

我が子はここでは「ヘグ」。「ヘグー」と泣く時期があったから。

original:「マンマーマン!」とは・・・
片田舎のイタリアのどーーんとでっかいマンマは 子だくさんで たくましくて たくさん大皿料理とか毎日つくって 毎日笑ってだんなさんからチュッみたいな、陽気なマンマなのです。強いマンマになりたい。

Renewal:明るすぎるバツイチ、マンマーマンです。

ニンプブログ ニンプーマン!

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はだかんぼう

 自分の趣味なのですが、赤ん坊をオムツだけのはだかにしておくのが好きです。なんか動きやすそうだし。すでに肉がいっぱいついてて服着てるみたいだし。今まで冬だったからちゃんと服を着せてたけど、やっぱ赤ん坊は、はだかがかわいい。肉がかわいい。ぷりぷに。

 今日は気温が22度。ちょっとさむいんじゃなーい?!
と聞いたら、

           ラーーーーーー♪


とご機嫌なお返事が来たので服を着せた。そして赤ん坊の服はやっぱロンパース、ショートオール、つながってるやつがほんとうにかわいい。大人の着ぐるみはきついけど。
このように赤ちゃんしか似合わないモノを大人ははき違えてはいけない。しゃべり方も、大人はにゃーにゃーしゃべってはやっぱりいけない。しゃべり方が好きなのは、束芋さん。スピード、アクセント、はきはき度、印象、いい。夫は束芋さんはタイプどまんなからしいです。趣味いいと思います。
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| 9ヶ月 | 13:12 | comments(4) | trackbacks(0) |
「殯の森」
 「殯の森」を観た。カンヌ国際映画祭受賞の特集のつもりで録画したNHKのBSHiの番組で、河瀬直美監督のインタビューのあと「それでは本編を御覧下さい。」といわれ、えー?と思いつつ、そのまま鑑賞した。
第60回カンヌ国際映画祭にて「殯(もがり)の森」がグランプリ(審査員特別賞)を受賞


 感想は、すごいものを観た。映画の技術は詳しくないけど、新しいことも変わったことをすることもなく淡々と、撮りたかった人の、ただの思いが、びしびしとくる。ラストの盛り上がりとはうらはらな、静かな前半から、私は琴線に触れる、というよりも、琴線を、でぃんでぃん、と指で弾かれ続けた。涙が出るもっと前の、胸がぶるぶるするかんじ。ずっとそんな感じで見入った。
 過去に子供を亡くした介護士の女性と、33年前に妻を亡くした認知症の男性の、二人の心とそれぞれの心を描いている。奈良県郊外の茶畑でおっかけっこをする二人のシーンは良かった。こんな映画は観たことないと思った。造形的に端正で綿密な美しい茶畑の、二人を写すカメラワークが大変かっこよかった。
 手持ちのカメラを使ってドキュメンタリーのように見せつつも、そこには映画とか芝居とか小説とかの表現のジャンルがある中で、映画でしかできないことを存分にやったように感じた。
 ほんとうに静かな映画だった。静かなまま大きなものが動いて大きなことが起きていた。
 ラストでの土の感触が、わたしにも気持ちよくて心地よくて安らかで厳かな気持ちになった。

 近年みた映画の中では、かなり、かなり良い映画だった。
 公開されたらぜひスクリーンでみたい。20インチのテレビサイズでは見えない、きっともっといろんなことが感じられるとおもう。
 誰かとこの映画の話をしたい。
 やっぱりわたしは、誰かが、どうしてもどうしてもやりたい、撮りたい、書きたい、見せたい、と突き動かされて、そのどうしようもなく強い衝動に、弱さからのごまかしやかっこつけをせず、真摯に対峙して身を削る思いで、渾身で作り上げたものみたい。だからそれ以外のものはみたくない。
 すごいものをみたい、という、私のどこかにいつもぷつぷつぷつぷつと沸騰しないで沸き続けている水を、手で掬われた。




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さいきんずっと思っていることがある。
「ママになった」ということに雑然と何かを起因させられること。たとえば、わたしが何か変わったとして、何かうまくできるようになったとして、何かいい方向に向かったようにみえることがあるとして、「やっぱりママになるとね」的なことを、思われていることについて。「ママ」という言葉をそれまで生きてきた以前よりも莫大に言われるようになったことについて。
 なにがいやだったんだろう。とさいきんぼーっと考えていた。それは事実だし、言ってくれる人は遠回しにお祝いしてくれてるんだよと夫から言われて納得できるし、久しぶりに会ったら人のおつきあいとしてそれは言っておかないと、って話題だし、あたたかくありがたいこと。
 たとえば、ある人が何かをしたときに、「やっぱり北海道出身だからね。」「あー結婚するとそうなるよね。」ってまとめられたら、嫌悪までいかないにしても、ん?と違和感を感じると思う。それと同じこと。女性シンガーや女性俳優が結婚や出産したら、「ママにな」って大きく変化した○○、とか言われちゃう。でも客は何かしらのわかりやすい変化を期待するだろうし、それ自体はいいもわるいもないし普通のこと。
 「ママになった」という結果としての事実を被せることと、「ママになる」ことの要素がいくつかあるとしてその中の何かが関係しているかもしれないとされること、ということの差なのか。「ママになる」というのはなにも自動的になるものじゃないのに、ということなのか。
 なんにせよ、そんなに自分のことばかり考えているのもどうかと思うけれど、まだよくわからない。それになんだかうまくいえない。
 で、河瀬直美監督。昨日の特集で、3歳になる息子がいるということ。やっぱりインタビューのあとその話題になり、どんな風に番組は形容するんだろう、と思いつつ観る。
 「子供を産んでみて思ったのは、命っていうのはみんなに望まれて産まれてくるもの」ということをすごく感じた、わかった、と言っていた。この映画を撮るにあたってそれはきっと大きくも小さくも力になっているだろう。・・・こういうのは、いいと思う。
 要するに、自分から、出産と自分との関わりを求められて説明するのと、そこに原因があるよねと上から被せられることはやっぱり全然違うのだ。子供を産んでも私は私、それはかわらない。そして「ママになる」というのは、対子ども、との、私とたった1人との関係を表した言葉でしかないこと。大人になって子どもを産んだら自動的にママになるものだとわたしも漠然と思っていたけれど、どうやらなかなかそうでもないようだ。
 先日そんなわたしの心境を説明もしてないのにすべて察したような一言をくれた友人がいて、上半身がうやうやとあったかくなったのだった。
| 9ヶ月 | 12:10 | comments(3) | trackbacks(0) |
最高級の記録

 まえおき。テレビで杉田かおるが出てると、公共性大のメディアで負のエネルギーを撒き散らさないで欲しいと思います。それとおんなじ理由で、自分の負のエネルギーを撒きたくないと思っています。つまり、昨今のブログでありがちな、辛い、の羅列みたいなやつ。暗いやつ。読んでて疲れちゃうよ。
 と日々思っていますが、あまりそこだけ隠すと「マンマーマン!」が徐々にうそくさいものになってしまうわ!と思います。つまり折り合いですね。大人になるとは、いろんな折り合いを、自らのオリジナリティを持ってつけられることだと思います。駄洒ったつもりはありません。

 ほんだい。さて。出産から今までの10ヶ月弱で、過去最高級に疲労している。今までもっともっと体力的に疲労してても、まだ、明日もがんばろう。。うう。と思えたが、ここ連日で精神的にもきた。なんのやる気も出ず。へぐたんが起きている間は一日中、常に(まあ30秒くらいならできるけど)目を離せないこと、やってしまいたいこと(洗濯物干す、洗い物する、ご飯用意する、自分の顔を洗う、歯を磨く、着替える、トイレに行く、外に出るなど私の全ての動作)が中断されることの繰り返しの日々に疲れ。まだハイハイが始まってからの、「赤子動き出し」の日々に慣れていない私。人間、やりかけで断念させられると精神的にくるの。
 昨日は泣き出す。夕ご飯放棄宣言をして、だらけ最高級のコンビニ弁当(あー書くのも嫌だ)を口にしながら夫に訴えた。
「なにもかもやる気がでない。毎日、毎食、30分、40分と、『あーん!』とかいうのも本当にいやだ。」
やー、わたしきてるな。神経が疲れたな。きついなーまじきついなー。
やることリストをつけることを夫に奨められる。いまいちやる気がでない。「殯の森」で、「こうせなあかんってことはないから。」っていいセリフがあって、昨日観たからってこの言葉を夫に言われる。ちょっと笑う。
ひとしきり泣いたので少し落ち着く。そしてしばらくこれが続いて慣れてきた頃にわたしはきっと元気になる。
 今日は夫のお母さんと近所のアーバンドックに行き、へぐの靴下と自分に夏用のポンチョを買って物欲をちょっと満たした。無印の子どもスペースで、1歳10ヶ月の女の子を突如泣かしたへぐ。小さい子が好きなので、きっと近寄っていって押したりしたのだろうか。大泣きしてる女の子の隣でびっくりした顔をしてるへぐがなんだかとっても気の毒でした。でもがんばれ、へぐ。人生こんなこともあるよ

 今は子育てと全く別のことをしてる時間があると楽。へぐたんと離れてる時間が少しでもあると楽。ってことでちょっと明日は数時間託児して、引っ越しの荷造りの目処を立てることに決めた。この街とももうすぐお別れなので、もうちょっといろんなところにさよならしたいと思う。物を買ったり、よく行ったお店のひとの顔を見に行ったり、したい。

写真は泣かす3秒前のへぐ。

 とやっぱりマイナスエネルギー放出しまくったので、せめてmixiの日記にはこのエントリーの更新が飛ばないようにしたよ
 今、やるべき作業があり、その待ちの時間でちょちょっと書いたよ。ほんとは友達のメールに返信したいよ。でもすごい長いの、論文みたいなの、だから余裕があるときに返信したいよ









 
| 9ヶ月 | 00:20 | comments(5) | trackbacks(0) |