2011.09.28 Wednesday
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mamma-man
sae
2006.8.5女児出産31歳女子 我が子はここでは「ヘグ」。「ヘグー」と泣く時期があったから。 「マンマーマン!」とは・・・ 片田舎のイタリアのどーーんとでっかいマンマは 子だくさんで たくましくて たくさん大皿料理とか毎日つくって 毎日笑ってだんなさんからチュッみたいな、陽気なマンマなのです。強いマンマになりたい。 ニンプブログ ニンプーマン! 初の方でもコメントいただければ大変うれしいです。ぜひぜひ
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mamma-man!2011.09.26 Monday
『マザーズ』読み終わりました。
734回目になるらしい記事を。もう何回何回何回この投稿欄にタイプしてきたんだろ。
金原ひとみ『マザーズ』読み終わりました。もうわたしは、このブログは書くことがないと思いました。 細々と続けていこうかな、読んでくれている人もいるみたいだし。と思っていたけれど。終わります宣言も2回目だけど。。 ひどい吐き気でえづきながら、読むことが止まらなかったです。涙はお湯のように出続けました。母になるということは、母とは、自分が母?私はこういうことを何度となく繰り返し考えながらここ5年間生きてきました。はじめは、ただ子どもを産んだだけなのに、すぐ「ママ」だの「母性」だのうるさいな、と思っていました。わたしは私の娘との間の関係だけで、「母」なのであって、ほかの人たちには関係のないことだと。 けれど、わたしはもう十分母だと自分で思います。ちゃんとお母さんやってる、とかそういうことではなくて。 別に、母親である、ということが、すべての人間の中で自分らだけが特別だ!とか思いたいのではないのです。ただ母になる、ことにまつわるありとあらゆる物事が、強烈過ぎて、わたしはずっと、眩暈をしているんだと、思います。 わたしは、幸い、娘を虐待せずに5歳まで育て済み、ドラッグやお酒におぼれて社会生活を破綻させたりもせず、不注意などによって子を失うこともなくきたけれど、離婚をすることになった。なんだか自分ばかりが壮絶に子育てをしていて不良品な人のように思えるけれど。けれど、そうじゃない。離婚をしたとき、多くの母である友人が、わたしにだけ、教えてくれた。「うちも実は・・」「よく分かるよ」って。 ああ、みんな、ぎりぎりでやってるんだな、ってきれいな風に生きているけど、そんなもんじゃないんだなって思いました。 でもそれって、原因は、愛なんだよ。強烈に沸いてるくる愛情と母親になりたいと強く思う気持ちと、ついてこない精神や体力やもっといろんなことの間で、猛烈に引き裂かれながら苦しむからなんだよ。初めての育児をする母親を、抱きしめたくなる。 金原ひとみは、たぶん全作読んできた。毎回吐き気をもよおす唯一の作家だけど、容赦ない感じが好きだった。二人ご出産された彼女の書く『マザーズ』には、期待値をものすごくあげた。だけど、そんなもの、軽々超えられて、わたしは打たれて刺されて自分で自分を伐りながら吐きながら這いつくばってすがりつき、温かく抱きしめられてこの本を読み終えた。はじめて、出産をしてから、はじめて、救われたと思った。 自分の身体、やりたかったこと、女の人生、幸せ、我慢、結婚、夫婦生活、乳、子宮、ホルモン、家事、料理、生理、セックス、血、抱っこ、泣き声、スリング、哺乳瓶、ベビーカー、育児雑誌、エッセイ、ブログ、二人目プレッシャー、ママ友、育児知識、寂しさ、可愛さ、虚無感、幸福感、疲労、痛み、そういうものがいつもぐちゃぐちゃになって、私を襲った。なんていったらいいか分からなかった。いつもカオスだった。みんなもっとふつうに母や育児をやってる、当たり前のように必死でやってる、なんでだろう?わたしだけぐちゃぐちゃ?そういう風に、すごい孤独を感じていた。本気すぎて誰にも相談できなかった。でもあっという間に時間は流れて、何もなかったような顔をしてわたしは生きている。もう、忘れたし。忘れたことが、たくさん、あった。 忘れたくないと思った。今年の春頃、すごく、映画を作りたくなった。15分でいいから、この母ということをどろどろにぎゅぎゅっと固めて形にしたかった。でも、どうしても、できあがりの想像がしょぼかった。出てもいい、と言ってくれた、すごく出てほしかった女の子もいたのに、表現ができない、ということは、こんなにももどかしくて、無力感でぼーっとしちゃうことなんだなと思った。 若き映画監督や映像クリエイターの方々から、どんなに拙いなあと思われても、「いや、技術はやばい、技術はないけど、この衝動と動機とそして内容は、ぜったいにわたしにしか作れない、だって母やったんだもん、評価とかいらない、ただ作ってすっきりしたいの」、そう思っていた。結局作れないまま今になった。 『マザーズ』を読み始めて、おっとりとした三つ年上の同僚の子持ちの方に離婚の原因を訊かれて、ふと流れで、3歳までがどれだけ壮絶だったか、細々と思い出して、震えながら、2人で笑った。「すごい泣く子だったんですよ。」「寝ながら(ご飯を)もぐもぐしましたよね。」「たぶん突きとばしたこと、あると思います。」「私も、あります。」「もう疲れ果てて、子どもを追いかけられなくって、今もし不注意で車が来ても、”ああ、もう、いいや・・・しょうがない・・・”って位そういうのありましたよね(笑)。」「全然あった、ありました。ららぽーとで、知らない人にいつも捕まえてもらってた。」「ニュースで子殺しや虐待見ても、ひどい、とか思えない。”分かる。”でしたよね。」「はい。同情ですよね。」そんなことを話した。ふつうのことみたいに。全然、普通のことじゃないのに。 わたしは渦中にいる時、それが、嫌だった。自分の子どもの事なのに、こんな風になっている自分を受け入れることは、できなかった。辛かった。自分だけだと思った。けど。違った。わたしは、それを、全国のママに伝えられたらいいのに、と思った。たくさんいるのに、全然コミュニケーションがとれない、全国のママが、みんな知ればいいのに。そしたら、孤独は薄まるんじゃないか、どうしてもそんな気がした。 眉間にしわを寄せられるようなことを誰かが言ってくれたら、そんなもんだよね?じゃあ今日も諦めないでがんばろう、自分を必要以上に責めるのはやめよう、と思えるんじゃないか。それで孤独が薄まるんじゃないか。もっと力強い気持ちで、もっと希望を持ちながら、もう少しだけ楽に、せめて育児したっていいじゃないか。 「シンデレラ城が後ろからみたら張りぼてであるように、子どもたちが目にする優しい母親の裏には、ぞっとするようなマイナスの感情が渦巻いているはずだ。」 うん。そうなの。 けれど同時に、子どもを可愛いと思うことが、こんなにもえもいわれぬ幸福感が湧き出るのか、ということを、いまや、わたしは毎日のように感じている。世界の中心じゃなくて、端っこから、愛をいっぱい叫んでいる。どこにも届かせる気なんかない。恐怖にすら近い孤独と、とてつもない幸福。それは一見剥離しているようだ。けれど、この激しい剥離が母親なんだと、わたしも思ってた。 どんなに、育児エッセイや、雑誌や、写真集や、マンガを見ても、ここだけは救われなかった、そのトロッとした重い残留部分を、きれいに、『マザーズ』は救ってくれた。 半年前、「育児作品は多々あれど、結局子どもって面白いよね、不思議だよね、って話じゃね?でもそれより面白くて不思議でせつないのはママなんじゃね?!」と友人が言った。あたしはこの言葉だけでいいと思った。 母親なんて普通。人間みんなぜったい母親はいるし。生存してなくても絶対いるし。世の中みんな母親から産まれてる。だけど母親をやってみたら、普通じゃないことばかり起こる。いきなり胸から白い血が飛び出る。もう元の場所に戻らない人間が肉を裂いて出てきて生きている。そういうことの連続だ。 わたしは役者をし続けていくことが、わたしの夢だった。私なんて有名でもないし元々しょぼかったし、小さな劇場で数回、立ってただけだけど、なんでもいいから、それだけはやりかった。子どもを産んでもやめたくなかった。でも今は、産む前のようには出来ない。したくない。もう夢を見ないほうがいいのかも。と死んだような気持ちになることもある。 けれど、自分の肉体と頭脳と神経を、全身全霊をかけないとできないことなど、もうしないのだ。余力を残さなければいけないのだ。とりあえず娘が小さい内は、きっとあと10年くらいは。それは、わたしが母だからだ。 わたしはかつてすぐに鬱になった。自分がいつ鬱になるのかも、どれくらいの時間、どれくらいの辛さで振り回されるのかも分からずに、薬に頼らなければ、自分をコントロールできない状況に、甘えられた。次の瞬間何かが自分に降りかかって、その何かにハマりすぎたり、翻弄されまくって、糸が切れた凧になって、どこまでも飛んでいってしまうようなことになる自分を、いつもいつも、とても不安がっていた。 けれど、わたしはもうそうならない。5年かけて、ならなくなった。できないのだ。やばいと思っても、いつでも正気に振り戻されるのだ。「ふらふらと、不意に不注意で死ぬこともできないのだ」と、出産後初めて自転車に乗ったときに感じたときから、何ものかに自分を奪われて失うことは、あれからなくなった。自分で自分をコントロールできる、と疑問なく信じることができる。娘がいるから、できる。揺るがない自信がある。 それが、わたしを母になったのだ、と自覚させるのだ。 当本は、すべての母に捧ぐものじゃないとは思う。ああこれ、キツイけど、みんなに読んでほしいなあ、あでも、男の人に読んでほしいなあと思ったけど、読んでもぴんとこないだろうし、私がずどんと感じたところでもきっとひっかからないだろうな、だから読んでも分からないんじゃないかな。 深夜に、コンビニに行くことが、どれだけ宙に浮いたようにきらきらしたことだったか、そんなの分かるわけない。わたしはそれが1時間の深夜のファミレスだったけどね。あの蛍光灯の元の、安い、甘い、うすっぺらいデニーズの期間限定イチゴのパンケーキ。今髪の毛5本くらいなんじゃないかな、、という疲労による皮膚感覚を感じながら口に押し込んだ、ピンクのパンケーキ。伝わらないよな・・・。 そう思うと、また少し、孤独を感じるけど、まあ悪くない。 こんな風に思うのも、わたしが5歳児の母だからか。たぶんそうだろう。10歳の母だったら、こんなに激しくブログ記事をかかないだろう。 多くのママの、共通項が出せたら良いな、そううっすら思っていたブログだったけど、私の歴史、感覚、信念、子どもをもつことになった、かつての夫とのこと、今の自分の事、男女の愛情について、ぜんぶみんな大違い。もう、書くことは何もないと思う。書けることは何もない。 画面に光る文字で、世界中の人が見れる光の板の中で、わたしに起こる脳内の嵐や、いろんな温度や湿度をもった風やにおいを、「個人としての一般的なママ」として、マンマーマン!としてあらわすことなど、もうできない。 私はこれからも、進化変容し続けていくと思う。娘が生きている限りはずっと。 とりあえずはそれで母親、がっちり認めることにする。私は母親。欠陥品でも母親。揺るぎない自覚を感じさせてくれた、『マザーズ』。 温かかった。誇らしかった。わたしは10代で何度も山田詠美の『放課後の音符』を読んだように、これからしばらくは、何度も『マザーズ』を読み直して、この文章に触れ続けるだろう。寄り添いたくなるだろう。それを見つけられて、すごく嬉しい。
| - | 03:17 | comments(5) | - |
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